時代を遡ること600有余年前、至徳3年(1386年)の秋。開基壇越の佐原常慶、内藤金平両氏が公用の旅の途中、府中(現在の静岡県磐田市見付)の宿で、法華経弘通中の日什大正師の御説法を聴聞し、深く感ずるところがあって、吉美東郷小山田(現在の湖西市古見)に妙立寺を建立する機縁が結ばれました。
1、開基
日什大正師は、正和3年4月28日(1314年)奥州会津岩城国、若松滝沢(福島県)の地に生まれられました。姓は石堂氏で源義家の末裔、姓は石堂氏で源義家の末裔、父は石堂太郎覚知、母は芦名盛宗の娘清玉の子。幼名を国重と言い、15才で父母を喪った事を機縁に、19才にして比叡山に登り、慈遍僧正に師事し名を玄妙と改められました。38才にして山門の能化となり比叡山三千の学頭に推され、玄妙阿閣梨と学僧より称せられました。67才の時故郷の会津で、日蓮大聖人の書き遺された一著書に感動し、決然、天台の門を捨し、日蓮大聖人唱導の法華の門に帰依し、名を日付と改められ、明徳3年2月28日(1392年)79才で遷化されるまで各地で法線を広げられました。日大正師が当時の大学者でありながら、一巻の書物も残されていないのは、後人がお釈迦様と日蓮大聖人の教えを誤って理解してはと気遣われたためで、それ故に後学を誡めて「何事もたとえ日什の記録にのせたる事なりとも、大聖人の御本意に背かば本と、すべからず」と申されています。これをして「経巻相承・直受日蓮」といいます。
2、寺歴
妙立寺は至徳3年(1386年)、日什大正師によって吉美東郷小山田(現在の湖西市古見)に草創された霊場であります。創立の49年後、永享6年(1434年)先の小山田より市内愛河(吉美川尻)に転寺いたしました。その後、永禄10年(1567年)今川氏真により寺境が接収されその換地として寄進されたのが現在の妙立寺の地です。今川氏及び徳川氏は共に当妙立寺を祈願寺とし、七十六石余の寺領を寄進されました。
3、建造物
総門・本堂・中門鐘楼堂・宝蔵・書院・庫裡等があります。中でも総門は妙立寺における最古の建造物で約350余年前、寛文5年(1665年)の再建で、型式はいわゆる四脚門。柱は柱形式で唐様建築が主体となっています。本堂は、延享4年(1747年)に再建されたもの。昭和6年茅葺であったものを茅入手困難の時代を考え、現在見る銅茸に改め面目が一新されました。正面9間、側面9.5間、建坪約90坪、総唐様建築式入母屋造りであります。中門は天元4年(1739年)再建棧瓦葺であります。